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my sweet box
iTunesで、sweetboxの曲がずっとずっとまわっています。

久しぶり、な人のホームページ見たら、
BGMがsweetboxでした。
びっくりしました。

最近、アタマの中も、ココロもsweetboxに満たされています。

ここまで言ったら、聞きたくなりましたか?
聞いてください。

この歌は、去年の夏頃、
ずっとずっと聞いてた曲。
いろんな感情抱きながら聞いてた曲。
日本語訳も手に入れた曲。
歌詞に何回も励まされた曲。
たいせつな人たちを思って聞いた曲。
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**life is cool**
I never really try to be positive
I’m too damn busy being negative
So focused on what I get
And never understand what it means to live
You know we all love to just complain
But maybe we should try to rearrange
There’s always someone
Who’s got it worse than you

My life is so cool
My life is so cool
From a different point of view

無理してポジティブになろうなんてしない。

ネガティブで精一杯だから

貰うことに固執しすぎて

生きることのホントの意味を理解してない

誰でも 不満を口にするのが好き

でも ちょっと変えてみたほうがいいかも

自分よりも 大変な思いをしている人が

いるかもしれないからね

私の生き方ってCOOLなの
私の生き方ってCOOLなの
ある意味ね

We’re all so busy tryin’to get ahead
Got a pillow of fear when we go to bed
We’re never satisfied
The grass is greener on the other side
We're so distracted with the jealousy
Forget it’s in our hands to stop the agony
Will you ever be content
On your side of the fence?

みんな 前進することで精一杯

寝るときに 恐怖がよぎったりして

満足できない

他の方が よく見えたりして

嫉妬心にガンジガラメ

苦しみから抜け出す術は 目の前にあるのに

いつになったら 満たされるの

そのままじゃ満たされないの?

Maybe you’re the guy who needs a second chance
Maybe you’re the girl who’s never asked to dance
Maybe you’re lonely soul
A single mother scared and all alone
Gotta remember we live what we choose
It’s not what you say It’s what you do
And the life you want
Is the life you have to make

もしかしたら、

もう一度チャンスさえあればって思う彼も

ダンスに誘われたことのない彼女も

一人ぼっちの塊

一人で怖がっている シングルマザーかも

それは自分の選んだ道だってことを

心に留めて

言葉じゃなくて行動なんだよ

自分が求めている生き方は

自分で手に入れなくちゃ

(日本語訳、ちょっとおもしろい)
************************

傷つけたり、傷付いたり、
出会ったり、別れたり、
愛したり、愛されたり、

人生はドラマティックなほど、躍動感がでる。


**miss you**

Don’t be afraid to cry
It wasn’t wasted time
We just couldn’t win that fight
And I knew you couldn’t stay
You had to go your way
There’s really nothing left to say
But every now and then you cross my mind
And I try not to think about where you are tonight

But I miss you
’Cause I really miss you
There’s no going back ‘cause what’s done is done
But I miss you ‘cause I really miss you
But sometimes love just ain’t enough

Hey
We didn’t write the rules
It wasn’t me wasn’t you
We both know that life is cruel
I know we can’t go down that road again
And it hurts too much to think what might have been

I know we can’t escape from the paths that
we have chosen
But every now and then, I’m reminded

I know we can’t go down that road again
And it hurts too much to think what might have been



この曲聞いてて、
人を好きになるって不思議なもんやな、て思ったり。

自然なことなんやけど、なんか不自然。
なんで「その人」を選ぶんかな?選ばれるんかな?

すきやのに、傷付けたり、傷付くこともある。
ずっとずっとその傷が治らなかったりする。

たまには、深い懺悔も必要かもしれない、とか思ったり。

でも、きっと何年経っても好きだったことにはかわらないわけで。
きっといつまでも大切な人なんだろう。

・・・と思いたい

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留学と強さと優しさと。
「留学生活で、強くなるよりも、優しくなれ。」

留学して、ココロの強い人間になるよりも、

優しい人間になれ、ということ。

留学生活は、結局は自分と向き合うことで、

最後は「自分」に全てが返ってくるもの。

だからこそ、強くならなきゃ、強くならなきゃ、と思ってしまいがち。

でも、強さを覚えることよりも、

優しさを覚えることのほうが難しかったりする。

優しさは強さの先にあるものかもしれない。

だから、優しくなることは、難しいのかもしれない。

じゃ、強さってなに?優しさって?ってなるけど、

それは個人個人で考えて欲しいと思う。

何でも一人でできることが強さ?

友達に気を使えることが優しさ?

留学においては、

強さも優しさも必要。

バランスを保つことも必要。


全ては、「自分」からはじまり、

「自分」で終わる。

環境やまわりのせいにしない強さと、

環境やまわりに感謝する優しさが、

私には必要だ。



(写真:初公開。あゆこのバディー。アラムオッパ)




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ビター


元気がないって。友達から電話。

なんだか、そんな風に頼られたのが嬉しかった。

たわいもない話できゃっきゃする。

なんだか私まで元気になった。

韓国に来て・・・

もうすぐ、すべてが愛しいと思う時期になる。

毎日歩く道も、

変わらない景色も、

寮も、学校も、食堂も。

あなたと食べたキムチチゲも。

思わず泣いてしまったあのカフェも。

優しいスーパーのアジュンマも。

私にとって、思い出って何か特別なことよりも、

こういう日常のほうが懐かしくなるもの。

友達ときゃっきゃっしたこと、

真剣に話したこと、

落ち込んだこと、

笑ったこと、泣いたこと・・・。

そんな何でもない“日常”が、

やっぱりプライスレスだって思う。


心がギスギスしたことも、

落ち込んだことも、

いらいらしたことも、

悲しかったことも、

寂しかったことも、

全部全部、

後から考えれば、

「思い出」になっていく。

そんな日常が自分を成長させているのだ、と気付く。

そんな日常だから、大切にしようって思える。


日常が、思い出に変わる瞬間は、

ちょっと切ないと思う。



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ひっかかる。
元気がないわけでは、ないのですよ。

ワクワクハゴイッソ、

ドキドキハゴイッソ、

なこともあるのですよ。

でもね、

ここは、さすがにセンシティブ日本代表。

タイミングや心の状態で、

ちょっと“何か”がわからなくなったりするんです。

いやいや、でも、成長の兆し。

昔みたいに、ずっと、自分の「居場所」を求めることが無くなったから。

なんかね、心が元気ないときに下のような友達の写真を見て、
大爆笑!!するわけです。

笑うって大切。
泣くのことも大切。

韓国来て、何回目かの涙は、自分への苛立ちだったかもしれない。

そうやって、自分の中で生まれるいろんな感情と上手く付き合っていけることが大切、なんだね。

****************************************

日本ではもちろん自分がいない生活が当たり前のように進んでいるわけで。

なんだか、ここに来て新しい生活がとても不思議に感じたり。

私がいない生活も当たり前に進んでいる、
あなたがいない生活も当たり前に進んでいる。

生きているってことなんだな。

****************************************

日本には当分帰りたくない気持ちも生まれてる。

韓国でいろんな可能性をもっともっと見出したいと思ってる。

****************************************

環境が変わっても、
自分が変わらなければ、
世界は変わらない。

*************************************

私は、一体どれだけのものを自ら生み出し、
あげることができたのだろうか。

そうして、また、

自分にいろんな質問をしては、

前に進んでいく。


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恋して、韓国。
5月22日は、

また、韓国に恋している瞬間がわかった。

雨のソウルも、

冷たい空気も、

広いキャンパスも、

全部全部大切。

友人が、

「韓国はアジアのイタリアって言われてる」

と言った。ナルホド。

情熱的な国って意味かな、って思った。

感情表現豊かな国なんです、ここは。

怒るときも、

笑うときも、

泣くときも、

嬉しいときも、

体いっぱいで表現する国なんです。

情の厚い国だな、ってしみじみ感じます。

ダイナミック、ドラマティック、ロマンティック

アグレッシブでいて、センシティブ。

そんな韓国が大好きです。


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確認作業
自分の思っていることを、

言葉にしてだれかに聞いてもらったり、

文字にして残すってことは、

自分の気持ちの「確認作業」になる。

だから私は自分の思いを書き続ける。

今日、久しぶりに自分の口から、

こっちにきてずっと考えていたことを

“言葉にして、話してみた。”

口に出すと、現実味を帯びるから、とか、

動揺するから、とかって逃げてたこと。

そんな気持ちを言葉にしたら、

「あ、私こう思ってたんだ。」
「これが私の心の奥底にある本当の気持ちなんだ。」

と確認できた。



たまに、いろんな思いを聞いてもらうことは、

重要やな、と感じた。

アタマや心で思っていることが、

言葉になれば、

整理整頓された気持ちになった。

確認したら、その後は自分次第。

ここからは、

「Action speaks louder than words」
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二面性
自分・自分・自分・・・

ばかりになっては、

何も見えてこない。

結局、自分の立場から全て判断して、

切り込んで、

「自分スタンダード」を当たり前と思ってしまう。

時にはそれも必要だ。

けれど、物事は絶対に二面性があって、

一つの切り口だけで見抜くことの出来ないものもある。

ニュートラルな立場になることは

難しいかもしれないけど、

「自分スタンダード」はいつも通用するわけではない。

人は、みんなそれぞれのバックグラウンドがあって、

何かしら抱えてると思う。

それを言葉にしていえないひとも、伝えないひともいる。

いろんな方向から物事を見つめることも大切、だということ。
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コンプレックス
誰にでも、コンプレックスってあると思う。

先日、友人が言った言葉。

「外見は歳と共に失う自信」

オンナはより可愛く、美しく、

オトコはよりかっこよく、素敵に、

誰だって、そういう風に見られたいもの。

そのために、

化粧したり、高いもので着飾ったり、

ダイエットしたり、鍛えたり・・・。

「外見を気にしているばかりに、内面が空洞」

「自分のことばかり考えているから、人の気持ちがわからない」

「チヤホヤされて、それで得る空虚の満足」

「本当に大切なものに気付けない」

誰にでもある、コンプレックスを、

外見だけでカバーすることは、表面的すぎる、と。

やっぱり、人間大切なのは中味。

ステータスや付属品は、ただのおまけにしかすぎない、ということ。

結局、後々気付いたら、自分は空虚な人間になっているかもしれない、ということ。

自分と向き合うことや、

自分の悪いところを認めることは、

本当にしんどいかもしれないけど、

そうやって、いっぱい考えて生きたら、

きっと、

本当に「魅力的」な人になるんだ、ということ。
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Special Thanks
日常なんだけど、ひとつひとつが非日常でもある留学生活。

晴れた空見たら、思い出す仲間がいて、

香りで思い出す人たちがいて、

道に咲く花見て思い出す人がいて、

m-flo聞いたら思い出す人がいて、

韓国ドラマ見たら思い出す人たちがいて、

サムギョプサル食べたら思い出す仲間がいて、

南米と聞いたら思い出す人がいて、

タイ料理食べたら思い出す人がいて、

野球してる人見たら思い出す人がいて、

たこ焼き見たら思い出す人がいて、

アメリカの話したら思い出す人がいて、

新村行ったら思い出す人がいて、

江国香織読んだら思い出す人がいて、

ダンスしてたら思い出す人がいて、

「ルイ14世」って聞いたら思い出す人がいて、

早口聞いたら思い出す人がいて、

ミュージカルって聞いたら思い出す人がいて、

NYって聞いたら思い出す人がいて、

フランスって聞いたら思い出す人がいて、

ジェンガしたら思い出す仲間がいて、

太鼓聞いたら思い出す人がいて、

スポーツ見たら思い出す人がいて、

万博って聞いたら思い出す仲間がいて、

緑茶のんだら思い出す仲間がいて、

温泉って聞いたら思い出す仲間がいて、

長崎って聞いたら思い出す仲間がいて、

就職活動って聞いたら思い出す仲間がいて、

ショッピングしてたら思い出す仲間がいて、

ラビットって聞いたら思い出す仲間がいて、

Tシャツ着たら思い出す人がいて、

夢に出てくる人たちがいて・・・・・・・。


私は、

たくさんの人たちに支えられている、と思う。

いつも、いつもこうやって、

なんらかの形で支えられていると思う。

一人では築けなかったもの、

得られなかったもの、気付くことのなかったこと、

たくさんのことをもらったと思う。

感謝の気持ちでいっぱいになる瞬間がある。

支えられているな、と実感。

そして、感謝。

この瞬間、心がいっぱい満たされる。



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恋愛中。

韓国に対する、私の気持ちは恋愛しているときと似ている。

すきになったり、

嫌いになったり、

大切だと思えたり、

しんどくなったり、

離れたかったり、

大きな存在だったり・・・。

やっぱり、韓国は私にとって、

切り離せない国、と実感。

これからも、part of あゆこになるだろう。


3年前、勝手に運命感じて、

自分の中で感じる-何か-があって、

ビジョンだけ描いて、

ココまで来た。

ある友人は言ってくれた。

「あゆこのそういう直感を大切に」と。

理由はわからないけど、

心が素直に反応する-、そういう直感を大切に、と。

3月16日は、

韓国の景色ひとつひとつに感動して、

もっと好きになった。

5月1日は、

大きなビルや、空気、すべてに押しつぶされそうになって、

辛かった。

そして、今日、

5月12日は、

大学のこと、自分の住んでいるところ、韓国を、

もっともっと好きになった。

理由なんてない、

心がそう反応するだけ。

そうやって、また大きなビジョンが描けて、

嫌だったことも払拭できて、

心も洗われて、

いろんなもの見え出して、

こうやってまた「いろんな韓国」をもっともっと好きになる。



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オープンカフェとファッション

@コリア。
今日の夜は、かよとケーキが食べたいってことで、
ちょっと前から気になってた、カフェに行ってみた。



店員が「クリスタルケイ」似のものすごい可愛いヒト。
笑顔が素敵てか、まぶしすぎた。



さて。そのカフェは、めずらしくオープンテラスがあって、
そこでもお茶できる。(といっても、狭いスペース)
オープンカフェの機能を持ち合わせている。

韓国では、オープン居酒屋とかオープン焼肉屋とかはいっぱいある。
(写真はオープン焼肉屋、背中スレスレを車が通る)

オープンカフェには、その街のファッションセンス
(ここでいうファッションはただ、服、のことだけではない)を上げる機能があるそうだ。



想像してください。



オープンカフェに座りながら、友達とお茶してるときって、
「気持ちイイナ。」と思いながら、街ゆく人たちを見ていませんか?
そして、「自分も見られているな」と感じませんか?



実は、ここにオープンカフェの隠れた機能があるそうだ。
オープンカフェでお茶しようと思ったら、
ちょっとオシャレしよう、って気になりませんか?
オープンカフェでお茶すること自体がオシャレって感じがしませんか?



オシャレに見せたい、見られたい。
かっこよく見せたい、見られたい。っていう人間の心理。
それをうまく利用してるのがオープンカフェ。

そして、オープンカフェに大切な周りの景色や風景。
ちょっと道が汚れていたら、掃除するとか、ポイ捨てをやめるとか、etc。

カフェ一つがいろんな方向に機能する。

オープンカフェの周りがなんだかオシャレなのも、
街とヒトとカフェがうまく溶け込んでる空間を創り出しているのも、
街ゆくヒトやお茶してるヒトがなんだか素敵に見えるのも、こういうことなんです。

見てる、見られている、という心地よい緊張が生み出す、調和。

「その街のファッションは、オープンカフェ見ればわかる」、とあるひとが言ってました。


アジアはどっちかというと、まだオープンカフェよりも、
「屋台」って感じで、韓国のダイナミックなオープン焼肉も好きだし、
博多の屋台も好きだけど、アジアで、オープンカフェ文化が広がれば、

なんだかエキゾチックでオリエンタルなアート空間ができるんじゃないかなぁ

なんて思ってます。

■なんか、アタマの中で描けてきた。

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「優しさ交換」の法則
優しさの交換、っていうのは、
私と私の珍友が発見した
それは、それは美しい法則のことだ。(実話)

「優しさ」を与えるばかりでもなく、
もらうばかりでもなく、
お互いに交換しよう、という法則。

なんか心がギスギスしがちで、
そんなときって言葉も乱暴になったり、
せっかく友達が誘ってくれた約束も、
「行かない。」とか言ってみたり・・・。
「ごめんな。」の一言が言えなかったり・・・。
後から、「素直になれよ!!」って思ったり・・・。

ギスギスは、悪循環の始まり。

アメリカで難病の子どもたちと一緒に過ごして、
いっぱいいっぱい、「生きる」ことについて教えてもらった。
そんな中で学んだことは、
「優しさが次の優しさを生み出す」ってこと。

でも、やっぱ人間。
そんないつも優しい気持ちになれるわけもなく・・・。

どうしたらいいのかな?

(以下、なれたらいいなっより一部抜粋)

「淋しいなぁ、誰も私を誘ってくれない」
こういう気持ちの時、普通、
「自分は誰からも愛をもらっていない」と思います。
でもそれは違います。

愛されていないから淋しいのではなく、
自分が愛していないから淋しいのです。
(ここでは、”愛”を”優しさ”というものに置き換えられると、勝手に解釈)

それで他から愛をもらいたくて、愛を恵んでもらうためには、
自分をより惨めに見せなくてはなりません。

愛というエネルギーを作るエンジンが止まっているのです。
愛のエンジンは魔法のエンジンですから、
回るのにエネルギーは要りません。

エンジンは誰かを愛せば、(誰かに優しくすれば)勝手に回り始めます。
回るとすぐにエネルギーが生産され始めます。

もし、誰かを愛する(優しく)することが難しかったら、
まずは自分を愛してみましょう。
方法は簡単です。
自分に・・・、
おいしいものを食べさせてあげる。
綺麗な服を着せてあげる。
ゆっくりお風呂に入ってみる。
心を込めて、自分を世話してみましょう。

そうすると、自然と「感謝」の気持ちが生まれます。
心もポカポカしてきます。
心はポカポカしてくると、
「そうだ。あいつがおもしろい映画が来てる、と言っていたが、電話してみよう!」
と人を誘う元気が出てきます。

「ねぇ、ねぇ、私と一緒におもしろい映画に行かない?」
といった具合です。

これで、もう淋しさはどこにもありません。
愛のエンジン(優しさのエンジン)をまわしてください。
すると、人生はいきいきと天然色に変わります。

いらいらするときは、
自分を許してみてください。
そうすると、すぐに優しさが戻ってきます。



ギスギス心天邪鬼。

優しさの交換で、どれだけ、気持ちが晴れたことか。

優しさの交換法則が成立すると、

結構な感動があったりする。

小さなことでも、

ありがとう、と伝えるだけでも、

きっと、優しくなれるかな、と思う。



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リスペクト

本当の自分知りたいですか?

■自分を縛り付けている「規律」を少しはずしてみる
(以下なれたらいいなっp61より抜粋)

自分が誰かの奴隷になっているとおもしろくありませんね。
でも、奴隷ならまだ自分の意識がありますが、ロボットになってしまうと、まるで機械人間です。
心も血が通わなくなってしまいます。

なんだか地に足が着いていなくて、
毎日毎日生活だけがなんとなくフワフワ過ぎてゆく状態になります。

そうなると、「ああ、自分は生きているなぁ」という感動や、
「人生って素晴らしいなぁ」という感激を、もう何年も味わっていないような気さえしてきます。

(中略)
なぜそうなるのか。
その起こるしくみは、自分の持っている規律にあります。
「ああすべきだ」「こうすべきだ」
という規律が多すぎたり、厳格に適応しようとするとそうなります。

(中略)
そのような規律は、ある状況では確かに正しいのですが、どんな状況でも正しいとは限りません。

(以下要約含む)
例えば、どんなに誠実に働くと言っても、病気になるまで頑張ってはいけません。
年上の人の言うことを聞くからと言って、不正なことを手助けしてはいけません。
重い荷物を持っているときは、タクシーに乗る必要もあります。

どんな規律でも正しいときもあるし、そうでないときもあります。

「自分がなんだかロボットみたいだなあ。人生に実感がないなぁ。」と感じたら、
チェックしてみましょう。

どこかで覚えた規律ががまるでプログラムみたいになって、一律に反応しているかもしれません。
自動反応です。

自動反応がなければないほど、ロボットから元の人間に戻っていきます。
そして、すべての自動反応がなくなれば、「本当の自分」に戻れます。

自動反応はプログラムによって行われています。
プログラムは規律を守るためにできています。

規律のはずし方は、こうします。
規律とは、「**するのは正しい」と思っていることです。
あるいは、「**するのは間違いだ」と決めていることです。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

規律で何事も決めるのは簡単だが、
結局それが、自分を締め付けているのではないか。

そして、知らず、知らずのうちに自分自身が誰かを傷つけているのではないだろうか。

大切なのは、
「SHOUD TO DO すべきだ」ではなく、
「WANT TO DO どうしたいか」だと、いうこと。

昔、ある人に、
「あゆこはどうしたいの?」という質問をされて、
答えだすのに半年以上かかったことがある。

半年間も考えていた根底にあったものは、
常に「自分がどうしたいか」を考えるよりも、「どうすべき」かを考えていた、ということだ。

「結局、そうやって、自分締め付けて、本質見抜けてない」と言われて、まさに、その通り!!だった。

規律で自分を締めるのも苦しいし、誰かを締めるのも苦しい。

最近自分の中で、「DIVERSITY 多様性」ってことばがひっかかる。

私は、こういう中で育ってきていたんだな、と実感するし、「DIVERSITY」に支えられていたと思う。
そして、「DIVERSITY」を尊重して生きていきたい、と思う。

最近、ある人の調査報告書を読んで、非常に感動した。

「個」を認めること、「個」を助長すること。
「DIVERSITY」の中で生きていくってことは、「個」を尊重しあうことじゃないかな。

規律とか、価値観とかっていうものは一人一人違うもので、
それで自分や人を縛りつけることは、生産的ではないってこと。

「自分のものさしで人を測るな」ということかな。

ちょっと、あまりにも、自分が"小さく"見えた出来事を思い出しつつ・・・。

■異国にいると、いろんな自分の姿が見えてきます。
これは本当にいいこと。
自分自身を客観的に見れる機会が多いからか。
昔のこと思い出したり、これからを考えたりしながら、歩むわけです。





 

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とげ
とげをぬかな、って

考えたら、

なんか、一日中、寂しかった。

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考えない日なんてなかった。

会いたいひとが、

声を聞きたい人が、

話したい人が、

そばにいたい人が、

大切な人が、

支えたい人が、

応援したい人が、

一緒に笑いたい人が、

一緒に喜びたい人が、

遠かったり、

近かったり、

そんな人たちが、

いつもこころの中にいる。

考えて、思い出して、また考えて。

「支えられているな」と実感。


折り返し地点。


この地に足つけて、もう前進するのみ。

時は流れているということ。




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駆け巡るコトバ。
恩師にもらった言葉、

「留学生活の大半は人間関係が占める」

この言葉が最近、頭を巡る。グルグルと。

この言葉にREFLACTIONするかのように、

長崎あんでるせんのマスターの会話も過ぎる。


「おはよう、は言ったもん勝ち。」


人間関係は先に仕掛けた方がいいってこと。

気になる彼に、何も会話せず、

きっかけさえ作れなかったら、そこまで。

喧嘩した相手や、苦手な相手に、

いつまでも嫌だ、嫌だと思って話しかけなかったら、

そこまで。

「おはよう」という一言でも先に言ったら、

その後、歯車は動き出すってこと。

面白いくらいに人間関係の輪や

自分のまわりの環境が広がったりするもの。

非常に単純なこと。でも、大切なこと。

これは近い人との人間関係にこそ必要かもしれない。

近いと見損ないがちの相手の大切さとか、

近いと見えてこない相手のいいとことか、

最近言えてない感謝とか、

言わなくてもわかる感覚とか。

「言葉にできないなら、うまく行動で表しなさい」

「Action speaks louder than words」

ということ。

「計算したことは、大概見透かされている」

そんなことをズバっと言ってくれる恩師の贈る言葉が、

頭を駆け巡る。

バファリン飲んでも、ヤサシサは得られない。

ヤサシサていう成分は、一人では創り出せない。

誰かからもらって、誰かにあげて、

そうやって、自分の中に蓄積されるもんだと思う。


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